本研究は、ロシアで最初のキリスト教聖人に列せられたボリスとグレブの兄弟を主人公にする中世ロシアの一連の文献、すなわち(1)年代記『過ぎし年月の物語』の1015年〜1019年の記事、(2)いわゆる『無名作者によるボリスとグレブの物語』、(3)『ネストルによるボリスとグレブ講話』という3つの独立した作品の形をとって現れる「ボリスとグレブの物語」群(サイクル)を、これまでの文献学的方法に加え、物語の構造分析やテクスト言語学といった新しい手法を用いて分析し、それら相互の関係、成立の経緯を明らかにすることを目的とする。4年計画の最終年度である本年は、研究の総括として以下の作業を行った。(1)これまで続けてきた『過ぎし年月の物語』1015年〜1019年の記事、『無名作者によるボリスとグレブの物語』、『ネストルによるボリスとグレブ講話』その他幾つかの小テクストについての、並行記事の整理作業に基づき、各文書の関係を考察した。これと同時に、(2)それぞれのテクストについて日本語訳、訳註作成の作業を行った。(3)分析の過程で新たに生じた興味深い問題として、ロシア諸年代記の記事、本研究の題材である「ボリスとグレブの物語」群、そしてそれ以外の中世スラブ聖者伝に現れる公たちや聖人たちの死がどのように記述されているかについて対照研究を行った。(4)聖者伝を考える上で重要な要素としての聖書からの引用に着目し、この引用がそれぞれの文献の成立とどのように関連しているかについて考察した。これらの成果については、冊子体報告書掲載予定の報告の他、『古代ロシア研究』21、『京都大学文学部研究紀要』42等に印刷中である。
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