本研究は、ルシ・ロシアで最初のキリスト教聖人に列せられたボリスとグレブ兄弟を主人公とする中世ロシアの一連の文献、すなわち(1)年代記『過ぎし年月の物語』の1015年の記事中に見られる「ボリスの殺害」の物語とその関連部分、(2)いわゆる無名作者による「ボリスとグレブの物語」、(3)ネストルによる「ボリスとグレブ講話」という3つの独立した物語とこれに付随するいくつかの小作品の形をとって現れる「ボリスとグレブの物語」群(サイクル)を、これまでの文献学的方法・歴史学的方法に加え、物語の構造分析やテクスト言語学といった新しい手法を用いて分析し、それら相互の関係、成立の経緯を明らかにすることを目的とする。4年間の研究機関においては、「年代記記事」、無名作者による「物語」、ネストルによる「講話」の並行記事の整理を行い、従来の研究の結果を検証した。さらに、それぞれのテクストの日本語訳作成の作業を行った上で、それぞれの関係について考察した。さらに、分析の過程で新たに生じた興味深い問題として、ロシア諸年代記の記事、本研究の題材である「ボリスとグレブの物語」群、そしてそれ以外の中世スラブ聖者伝に現れる公たちや聖人たちの死がどのように記述・描写されているかという問題について対照研究を行った。さらに、聖者伝を考える上で重要な要素としての聖者からの引用に着目し、この引用がそれぞれの文献の成立とどのように関連しているかを考察した。以上の研究成果については冊子体報告書に論文の形で報告するとともに、今後も順次発表の予定である。
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