声楽の場合は、自らの身体が楽器であるが故に、その演奏にあたって他の楽器よりも主観的感覚によるところが大きいと考えられる。こうした主観的感覚やその際に生じる身体的な自己知覚がどの程度発声に影響を及ぼしているのかを調査するため以下の2つの実験を行なった。 第一に、喉が開いた・閉じた、また吸気を背中や頭部や腹部に入れる、息を進ませるというような主観的自己知覚に基づいて発声し、それぞれの発声時の軟口蓋及び咽頭の状態を観察した。、自己知覚において喉の開いたときは咽頭の位置が低く、喉が閉じたときには咽頭の位置が高くなったことが確認された。クラシックの歌声の発声時は咽頭が下がるということが従来より報告されているが、この実験により発声者の自己知覚と発声との関連がより明確になったといえる。しかしながら、吸気に関する自己知覚(吸気を背中に入れる、頭に入れる、等と表現される主観的感覚)をともなった発声に関しては、軟口蓋や咽頭の状態との関連性があまり見られず、発声された声に関しても微妙な差こそあれ、前者のような明白な違いは聞き取れなかった。 第二に、自己知覚に基づいて発声した数種類の声を実際のホールで聞いてもらうという聴取実験を行なった。響き、通りのよさ、発音の明瞭さという3つの要素について相対的評価をするというアンケート方式を用いた。その結果、喉の開閉の自己知覚をともなう発声に関しては、響きや声量は喉が開いたという自己知覚をともなう声のほうがよいという意見の一致が見られたが、発音の明瞭さについては個人差が見られた。また単音での発声よりも、本番の演奏会に近い状態であるピアノ伴奏を付けての歌唱のほうが、発声された声の違いがわかりやすいということも明らかになった。
|