本研究では、音響的諸条件を含む、歌唱者の存在する空間を環境空間と呼ぶ。また自らの身体を楽器とする声楽において、あらゆる環境空間に適応し、効率の良い発声を行うためには、歌唱者の主観的感覚が深く関わると考えられる。本研究では、このような、演奏の制御に関わる歌唱者の主観を自己知覚と呼び、環境空間、自己知覚と歌声の関わりを、音響学的側面から、客観的に記述するために、次の2つの研究を行った。 1.自己知覚と歌声:歌唱者が自己知覚に基づいて異なる発声を行った場合、(1)聴取者に歌声の違いが認知されるか、聴取アンケートを行った。(2)歌唱者の喉頭をファイバースコープで撮影すると同時に、歌声を録音、音響分析を行い、歌声の変化を生理音響学的に検討した。その結果より、演奏経験の豊富な歌唱者は、自己知覚によって発声器官を変化させて音色に違いをもたらし、聴取者に対して自分の意図する歌声を認知させ得ることがわかった。 2.環境空間と歌声:残響の異なる3つの環境空間を設定し、各環境空間における歌唱を録音、歌唱者がいかに環境に応じながら歌唱を行うかについて、聴取アンケート並びに歌唱者アンケート、および音響分析を行った。その結果、歌唱者アンケートから、歌唱者は環境からの影響を受け、環境の変化に応じて異なった対応をとると同時に常に一定の感覚を保持することによって、環境への適応を図っていることもわかった。聴取アンケートと音響分析からは環境によって音程の正確さが変化すること、特に残響が増すほど音程がより不正確になることが明らかになった。このように環境空間と歌声の関係を科学的・客観的に研究することは、よりよい声楽教育、声楽演奏につながると考えられる。
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