本研究の目的は中国帰国者、なかでも二世、三世の青年層の日本語習得ならびに母語、母文化維持を可能にする教育の基礎となる彼らの日本語と中国語の二言語使用の実際を詳細に記述することであった。研究代表者の勤務する大学に在籍する中国帰国生を主たる対象として、彼らの日中二言語の「話す」、「書く」の産出面での言語活動を記録し分析した。分析を通して以下の知見が得られた。 1)帰国生の多くは来日後十分な日本語教育を受けておらず、同じ中国語を母語とする中国人留学生などと比べて大学生に相応しい文体、内容の伴う文を書く能力が低い、2)そうした欠点を補うような指導を行うことで一定の形式や内容を満たす文を書くことが可能になる、3)漢字を共有することの利点(専門用語などの漢字語彙の理解)と同時に留意すべき点(漢字の意味を一義的に把握することで足れりとする安易な理解)もある、4)年少時から二言語環境にある彼らのメタ言語認識は鋭く、能力不足を補うストラテジーを工夫することにも長けている、5)大学での生活で受けるさまざまな刺激(専門分野の講義やゼミ、中国人留学生や日本人学生との交流など)を経て、日本語を話す、書くの両面での進歩が見られる、6)中国語は日常生活を越えた領域では話す、書くともに年齢相応の能力が習得できておらず能力の低下は否めない、7)中国語の作文には日本語の漢字や白字(発音、声調は同じだが字体が異なる)が見られ、会話には日本語語彙を中国語発音で使用する、類義語の弁別ができない、中国語語彙を自作する、日本語語彙をそのまま使用する、翻訳借用の事例が多く見られ、台湾の中国語の影響は書く、話すともに見られた、8)母語である中国語が第二言語である日本語に与える影響(言語転移)はその逆の影響よりも少なく、母語によるインプットが限定的であることで第二言語の日本語へのシフトが進行していることが伺える。
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