最終年度に当たる本年度はそれぞれの研究結果についての情報交換と同時に、昨年度の末に学外の講師を招いて行ったシンポジウムで披瀝された知見との批判的な突き合わせを進め、二つを踏まえて研究成果報告の作成に備えた。 水谷智洋は昨年度から引き続き研究協力者に留まり、研究課題に積極的に関与することはなかった。研究分担者の本村凌二は、初年度にローマ社会における性倫理の変貌、昨年度は剣闘士の見せ物をめぐる生と死の観念を取り上げたのに続いて、今年度は馬の優良種をめぐる所有欲の変遷を実証的に跡づけた。 研究代表者の大貫隆は、古代末期の地中海世界のキリスト教の内外における禁欲主義として、「世界の破滅」を目指すグノーシス主義のそれと並んで、外典使徒行伝に代表されるエンクラテイズム、4世紀に最盛期を迎える初期修道制の禁欲主義の少なくとも三つの類型を確認し、それぞれの内的な動機づけの過程を「禁欲の進学」と呼んで、原資料に即して明らかにした。同時に、同時代の正統主義教会がこれら三つの禁欲主義を意識しながら、地域社会の日常生活の中で実行可能な「慎み深い結婚生活」の性倫理を説いたことも明らかにした。 この最後の論点は、本村凌二がローマ社会史の側から、同じ時代に「結婚」が法制度の手続き面というよりも、事実上の営みとして社会生活のなかで認知されてゆくにともない、性関係が「対」をなす男女つまり夫婦の間に限定されてゆき、「夫婦愛」の観念を含む「内なる世界」を重んじる風潮が広まったこと、それと同時に「性」は一般に「汚れ」として意識されるようになっていったこと、キリスト教はまさにこのような古代地中海世界の心性の偏向にあらかじめ準備されて台頭したことを指摘したことと見事に符号するものである。この点に、本研究のもっとも顕著な成果が認められるてしかるべきである。
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