研究初年度はロシアへ行き、ロシアにおけるイソップ受容に関する一次資料と、それらに関する研究資料を収集し、整理分析をおこなった。また18世紀から19世紀初頭期のロシア文学研究の専門家で、現在韓国で客員教授をしている人を招いて、研究交流をおこなった。次年度は日本におけるイソップの受容に関する一次資料と、それらに関する研究資料を収集し整理分析を行った。3年目の最終年度は、上記諸資料に基づいて研究書の執筆にとりかかった。また寓話というジャンルが19世紀のロシア散文小説形成にどのような影響を与えたかという観点から、トルストイとドストエフスキイの初期作品を分析し、口頭報告にまとめ、2001年8月にペテルプルグで行われた国際会議で報告した。これらの研究活動の結果得られた新たな知見を、「イソップ寓話のロシア的変容と日本的変容」と題した研究成果報告書にまとめた。この中で、イソップ寓話が二千数百年にわたって世界中に広まっていく過程が、どのような一般則にしたがってなされたかをほぼ明らかにできた。またロシアにおけるイソップ寓話の変容が、ロシアにおける伝統的ジャンルと18世紀にはじまった新しい文学傾向と融合することによって、クルイロフ寓話に結実し、それが今日までロシア人の精神生活に生きている理由を問うた。一方日本では、子供の道徳心向上に役立ち、西欧の文化に学び将来をになう若い世代を育てるのに役立つとして、明治維新直後に現れたイソップ寓話に対する需要の急激な増加にともなってさかんに翻訳がなされた。しかしこの努力はけっきょく童話に収束してしまい、ついにロシアのような全世代にわたる「文化遺産」にはなりえなかった原因を追及した。研究成果報告書の「まとめにかえて」には、これらの諸点が簡潔に総括してある。
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