研究成果の概要 本研究は、トルストイ博物館や大英博物館などで、元来、とくに注意を集めてこなかった資料・文献を調査することによって、従来、大きな意義を持たないとされていた、レフ・トルストイと異端諸派の関係が、思想的にも、芸術的にも、伝記的にも深いものであることが分かった。 これは、トルストイ研究に新局面をもたらすと同時に、異端諸派が18世紀から20世紀初頭のロシア文化・ロシア文学に有した大きな意義を確認する作業にもなったのである。 それはソビエト時代に封印されてきた歴史を再発掘することにもなった。 簡単に結論をまとめてみよう。1)トルストイの後期の禁欲主義的作品には、異端諸派の教義が深くかげを落としている。その中でも、鞭身派と去勢派の思想の影響は、歴史的にも、思想的にも見て取ることができる。2)異端諸派の教義の両義性は、トルストイの作品を説明する原理としても有効である。一方、これは、異端諸派の思想の、ロシア文化における意義を逆照射することにもなる。3)だが、トルストイと両者を分けるものとしては、トルストイの反ユートピア、啓蒙主義的傾向などを挙げることができ、また、トルストイの実生活における、最終的な禁欲主義の挫折という伝記的事実がある。これらの事実は、今後のトルストイ研究のための重要な新視点になると思われる。
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