比喩はアリストテレス以来文体論の中心テーマの一つとして研究されてきたが、simileとmetaphorに対する日本語の訳語が一定していない事実が示しているように、いまだにその明確な定義が共通のものとして認識されていない。筆者は早くからこの問題に関心を持ちアイスキュロス研究における視点のひとつとして論文を発表してきた。そして平成七年から平成九年にかけて文部省の科学研究費補助金を得て、その研究成果を「アイスキュロスの比喩の方法、アリストテレースの理論を応用しての文体研究」という形にまとめて今春報告した。 今年度の研究課題としてアイスキュロスの「オレステイア」三部作における比喩の実例をまとめ、さらにこの悲劇詩人の文体の特質である複合語を用いた比喩表現を研究した。アイスキュロスは詩人独自の創作による難解な複合語を多用する事で知られているが、この複合語は彼が比喩表現にこだわる余り既存の用語には飽きたらずに新しい表現方法を求めて考案したものである場合が多い。この新奇で難解であるとされた複合語の表現の中に、いかに巧みに比喩表現が隠されているかを具体的な事実に基づいて証明しようと試みた。研究方法としてはアイスキュロスの「小伝、Vita」に記された彼の創作技法と文体の特徴を、アリストテレースの「詩学」と「修辞学」に述べられた比喩論と比較して分析し検討する方法を用いた。筆者はこの方法に基づいて全作品に現れる比喩の実例の収集を行いカードを作成した。今年度は「オレステイア」三部作全体の思想の流れの中における比喩の用法の研究に主力を注いだ。
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