比喩の用法は文体論において重要なテーマのひとつであるが、simileとmetaphorの訳語が一定していない事実に表われているように、その明確な定義はまだ確定していない。筆者はアリストテレスの「修辞学」にある文体論の手法を用いてこの問題に取り組み、その成果の一端を平成七年から平成九年にわたる文部省の科学研究費補助金による研究の報告書において公表した。 その後さらに上記の研究のテーマで科学研究費補助金を与えられたので、simileとmetaphorの実例を豊富に集めてそれを一覧表にまとめ、同時に複合語の用例と比較して文体論研究を深めようとした。平成十二年度はアイスキュロスの「オレステイア」における複合語の用例を集めてそれをギリシア語の本来の意味と実際の悲劇の文中の用法とを比較した。その過程で理解できたことは、難解な複合語の比喩を多用すると批判された詩人の意図は、複合語の中に比喩を簡潔な形式で盛り込もうと工夫したためであるという事実である。その努力がかならずしも成功していないところに先駆者としての苦労があるのだが、悲劇の文体にあらたな工夫を加えて演劇に新風をもたらした詩人の貢献は高く評価されねばならない。今年度の研究で新たに理解できたことは、複合語は名詞の格変化の前段階であるという事実である。アイスキュロスは複合語という手法で名詞と名詞を関係づけ修飾する道を模索したのではないだろうか。この問題点を中心に今年度の研究をまとめたい。
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