この研究ではアイスキュロスの悲劇における複合語の比楡の問題を扱った。彼の作品の文体には用語が「大仰で難解」という顕著な特徴がある。この点は同時代の喜劇詩人アリストパネススによってひどく攻撃されているように、その作品を鑑賞する時の大きな妨げであり、現代の研究者にとっても大問題となる。 そこでこの研究ではまず『オレステイア』三部作に的を絞り、その中心思想である「正義」の問題を取り上吠それが三部作の中でどのように扱われているかを論じた。そしてその「正義」は劇の中では主に「報復」と「裁き」の意味で用いられ、さらに肉親の手による「裁き」が限りない「報復」の応酬となることを示した。この「報復」の悪循環から抜け出すための知恵が神の権威を背景にした「法の裁き」であり、市民社会の成熟度を反映する知恵である。劇の第三部『エウメニデス』はこの法廷場面が中心であり、そこでは古い捉と新しい法の倫理が激しく争われる。この論争の場面を盛り上げるために、アイスキュロスは新しい独自の形容語句を必要としたのではないかと考えて複合語の形容詞の比楡的表現に着目した。 この報告書では最初に『オレステイア』三部作の思想を論じ、次に第三部『エウメニデス』の複合語の形容語句の用法を実際の劇の流れの中で検討した。さらに第二部『コエーポロイ』の複合語の形容語句の用法をそれらの語句を構成する要素に分解して解釈し直した。末尾には『オレステイア』三部作全部の複合語の形容語句の一覧表を記載した。これによってアイスキュロスが彼の独自の劇世界を作り上げるためにいかに新しい表現を必要としたかその苦心のあとが窺われるであろう。この研究は、不完全な辞書を用いて彼の思想を解釈しようとする研究者にとって、辞書の不備を補いながら作品を解釈するときの手がかりとなるだろう。
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