平成11年度は先住民族の文化における言語および伝統的生活様式の一般的特性に関する研究を行った。特にそこで注目されるのは、汎神論的宇宙観とそれを可能にしている神話的言語使用のあり方である。神話的な言語使用は言語の象徴的機能を駆使するものであり、そこでは種々の神々の間の連携関係や人間との交換過程などが物語として描かれ、その内で共同体の慣行やルールが暗黙の内に示されて行くのを見て取ることができる。このようなプロセスは小集団的なフェイス・トゥー・フェイスの共同体においてはその社会統合のために必要にして十分な装置である。特にアイヌの場合のように、小集落(コタン)が散在する形で定住が進み、また近隣のかなりの領域において日常生活に必要な採集や狩猟が行われる人々の間では、象徴的言語による神々の物語はその思考と行動を十分に規整して自然と調和のとれた限定的な生活を円滑に進めるという効果を有している。この点で伝統的生活様式の根源においては、濃密な象徴的言語による凝縮された集団統合が第一の必要条件をなしていると言えるであろう。もっとも、このような言語の統合機能はその一面で当該集団におけるメンバーの社会化と世代交代が伝統の承継としてスムーズに進んで行くことをも予定している。集団のメンバーには当然様々な考えの人間が含まれることになるので、その人々の考え方を統御する必要があることは明らかである。それ故、象徴的言語の使用とその物語が一定の権威の支えを受けて、すなわち特に長老を中心とする階層的なメンバーシップのもとで行われてゆく必要があるのである。
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