研究概要 |
「クィアー理論」はオーストラリアにおいて,「差別」や「プライヴァシィ」を主張する根拠としてだけでなく,自らの立場を自ら語ることの重要性を示す実践的理論として理解されている.具体的には,1991年に,国連の市民的および政治的権利に関する国際規約(いわゆる人権B規約)に関して,国連人権委員会に個人が直接申し立てをすることを認める第1議定書の効力がオーストラリアについて発効した.そこで,「規約違反の被害を主張」し,「国内におけるすべての救済手段を尽くし」たと主張するToonen氏は,「不自然な性交」を刑罰をもって処罰するオーストラリア・タズメィニア州刑事法122条はプライヴァシィ-ならびに平等保護違反であり,処罰法規の存在それ自体が「不自然な性交」を行うと想定される人々に対するネガティブな烙印となり,嫌がらせや暴力に曝される危険を著しく増大させていると主張する申し立てを委員会に提出した。1993年に国連人権委員会は,規約上差別を禁止されている「性別」には「性的指向」が含まれていると判断したうえで,指摘されたタスメィニア州法は人権B規約違反であると,その廃止をオーストラリア政府に勧告した.この勧告は,国際法の遵守,オーストラリア政府の義務とオーストラリア国内法との関係やこの勧告の当事国ではない人権規約締結国の国内法との関係など,従来の法理論としての関心だけでなく,法的紛争における「語り」の評価に対して,十分な解明と理論化の必要性を指摘した.むろん,当事者の「語り」,あるいは,「ストーリィ・テリング」は,たとえばアメリカにおけるフェミニスト法理論や批判的人権法学においてもその実践的重要性が主張されてきたにもかかわらず,伝統的な法の担い手である裁判所などからは比較的冷淡に取り扱われてきた。このような「ストーリィ・テリング」の理論構成のため,オーストラリアの複数の大学の法学部において展開されている「法とセクシュアリティ」からの示唆を活用し,アメリカ合衆国のロー・スクールにおける同種のコースと比較しつつ,当事者の「語り」と法の実践的な効果について分析することの必要性が一層明かとなった.
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