研究概要 |
「クィアー理論」はオーストラリアにおいて,「差別」や「プライヴァシイ」を主張する根拠としてだけでなく,自らの立場を自ら語ることの重要性を示す実践的理論として理解されている.国連の市民的および政治的権利に関する国際規約(いわゆる人権B規約)に関して,国連人権委員会に個人が直接申し立てをすることを認める第1議定書に基づく申立に対し,1993年,国連人権委員会は,規約上差別を禁止されている「性別」には「性的指向」が含まれていると判断し,タスメィニア州法の廃止をオーストラリア政府に勧告した.この勧告は,国際法の遵守,オーストラリア政府の義務とオーストラリア国内法との関係やこの勧告の当事国ではない人権規約締結国の国内法との関係など,従来の法理論としての関心だけでなく,法的紛争における「ストーリィ・テリング」の評価に対して,十分な解明と理論化の必要性を指摘できた. カナダにおける法とセクシュアリティの議論は「平等」の概念を中心に展開され,同性間の事実婚関係を,異性間の事実婚関係と同じように取り扱うという州法の改正が,カナダ権利と自由憲章15条の「平等」を根拠に実現しており,ブリティッシュ・コロンビア州では同性間の婚姻届の受理が,同じく「平等」を根拠に実現している.バトラー判決においても,裁判所が平等に対する新しいアプロウチに対して受容的である場合には,オーストラリアに見られたような,自らの立場を自ら語ることを重視する実践的理論としての「クィアー理論」を用いなくとも,従来からの平等理論を進化させることによって,実践的な目的を実現することは可能であることを示しており,理論の実践的援用と展開は裁判所のスタンスにより非常に左右されるという事実が明らかになった.
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