現在のタイ労働法は次の領域から構成される。(1)民商法典、(2)労働保護法、(3)労働関係法、(4)労働裁判所法、(5)職業訓練法、(6)外国人労働法、である。近年の最大の変化は、(2)について、1998年に包括的な立法が行われたこと、(3)について、2000年に国営企業労働関係法が制定されたことである。前者は、従来、内務省令であったものを法律の形式にするとともに、国際労働基準に合わせることを企図したものである。後者は、1991年のクーデターに際し、国営企業の労働組合に団結権を否定した立法を改正し、団結権の回復を図ったものである。 このような立法上の前進にも関わらず、次のような問題がある。第一に、最低の労働条件を法定し、それ以上は団結自治を通じて実現するという構造になっていない点である。組織率が極めて低く(民間では4%)、労働組合運動の中核を成す国営企業の労組と民間との分断が維持されているからである。このような法状態は、労働組合が政治的ないし治安的観点から捉えられているからであると考えられる。第二に、労働保護法の制定はセクハラの禁止など最新の内容を含みながらも、1997年の経済危機以降、命令によって保護内容が後退させられている。いいかえれば、従来と同様、労働条件を行政が政策的に変更することを認める軟性の規範的性格が維持されているのである。 このような開発法制からの離陸を全体として達成するためには、なお時間がかかるといえる。しかし、従来、クーデターの度に廃棄されてきた憲法が、1997年憲法の場合には、その最高法規性に対する理解が浸透しており、さらに男女の平等に関する保障が進展するなど、労働法を体系的に組み立てるための基本理念の形成と定着が進みつつあるといえる。
|