本研究では、公的文化交流と国民意識形成が相互に関連するとみる立場から、戦後のドイツ連邦共和国における文化交流政策を分析した。政策関係者たちの「自己-他者」関係認識の変遷と、ヨーロッパ諸国との平和的協力を可能にした「リベラルな連邦共和国アイデンティティ」の形成が、関心の重点であった。 実際の作業は二つのイッシューを軸に行った。第一に、幅広い文化概念とパートナー的協力思考に基づく「リベラルな文化交流理念」の公定化、そして第二に、文化交流政策のヨーロッパ次元である。日本での文献収集と並行して、平成12年夏に独仏へ赴き、資料収集と聞き取り調査を行った。また、アジアにおける日本の文化交流に関する共同研究に参加し、関連領域の専門家と意見を交換しつつ、学会等で研究成果を報告した。 研究の結果、第一点目に関しては、「リベラルな理念」が戦後早くから一部で唱えられたものの、1970年前後の国民意識の構造的変容に支えられて初めて、公的政策になり得たことが解明できた。また、第二点目に関しては、ヨーロッパ帰属意識が政策関係者たちの「世界におけるわれわれ」意識の不可欠要素であり、隣国フランスとの文化協力がそうした地域意識の発展に貢献したことが明らかになった。さらに、1990年代以降、様々な型の地域文化交流が発展する中で、文化交流関係者にとって「ヨーロッパ」がもはや「他者」ではなくなりつつあり、国単位の文化交流政策の存在意義が本質的に変容しているという仮説が浮上した。 今後は資料をさらに読み込み、戦後ドイツの文化交流における「リベラルな連邦共和国アイデンティティ」の形成発展を総括する論文を執筆するとともに、ヨーロッパ枠の文化交流が重みを増す中で、ナショナルな文化交流政策がどのように展開し、政策関係者たちが文化交流事業によっていかなる「われわれ意識」を形成しようとしているかについて、研究を発展させていきたい。
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