昨年度に引き続き旧ユーゴスラヴィア紛争の展開過程におけるセルビア民族主 の位置付けについて考察した。クロアチア紛争、ボスニア戦争、コソヴォ紛争におけるセルビア人、セルビア共和国、セルビア民族主義のそれぞれについてこの三者がどのように結合していたのかについて検討した。 セルビア共和国以外に居住するセルビア人の政治行動と社会的心性を捉える場合に重要なのは、当該の地域(クロアチア、ボスニア、コソヴォ)での(1)雇用の状況(いかなる職種に就いているか)、(2)どのような社会階層に位置するか、(3)多数民族とどのような位置関係にあるのか、さらに(4)その地域に土着的に居住してきたのか、それとも社会的移動の結果そこに住み着いているのか、言い換えれば土地の多数派とどのような社会関係にあるかである。これらの要因によってセルビア民族主義の受容の強度、多数派民族の民族主義への反発、対抗の程度も異なるのである。ときにそれは、遠隔地にあるゆえのノスタルジー的、ロマン的民族主義になることもあるし、不利な生活環境のなかで自らのアイデンティティの維持、生活維持のための実存主義的民族主義の形をとることもある。 さらに、セルビア共和国の民族主義は民族主義政党の指導者の権力維持と密接に関係しており、セルビア共和国のセルビア人はミロシェヴィチ政治の支持者であると同時に、ミロシェヴィチの現実政治に利用されている側面もある。「民族浄化」は民族のもつ原初的排他性に基づくあり様、他民族との歴史的な民族的怨念の作り出す結果というよりも、現実政治の権力のあり様と関係して展開されるものであるという点に注目される必要があるというのが、本年度の検討の到達点である。次年度は、国際社会の対応がセルビア民族主義を煽動した側面に注意してみることにする。
|