本研究は、日本において1990年代以降に生じた大きな政治的・経済的変化が、有権者の投票行動、特に経済投票のメカニズムにどのような影響を与えたかを明らかにすることを目的としたものである。 1992年以後の6回の国政選挙時に東京都の有権者を対象として行われたサンプル調査から得られたデータの分析により、以下のような知見が得られた。 第一に、「景気の悪い時こそ自民党」といった政策領域指向(policy-oriented)の経済投票に代わって、経済状況が良くなれば与党に投票し悪くなれば野党に投票するといった現職指向(incumbency-oriented)の経済投票がより優勢になってきている。第二に、国レベルの経済状況の変化が個人の暮らしに与える影響が強く意識されるようになった結果、国全体の経済状況に関する認識が与党のパフォーマンスに対する評価に与える影響が増大し、個人指向(pocketbook)の経済投票から社会指向(sociotropic)の経済投票へと、経済投票のメカニズムが変化しつつある。第三に、経済投票の因果的なメカニズムとして、(1)まず自民党に対する支持や経済状況に関する認識が自民党の業績に対する評価に影響を与え、(2)次いでこれらの要因が自民党に対する今後の期待に結びつき、(3)最後にこれらの要因が自民党への投票に影響を及ぼす、という流れが存在する。このうち自民党への期待に対してはより長期的な要因である政党支持の影響に代わって、より短期的な要因である自民党への業績評価の影響が強まりつつある。他方、自民党への投票に対しては、過去の業績評価に代わって将来に向けての期待の効果が強まりつつある。第四に、経済的な政策争点に対する態度、集団的利益に対する同一視、そして特に地域や仕事に対する利益感覚もまた、広義の経済投票を形成する要素として自民党に対する投票に影響を及ぼしている。
|