19世紀末から両大戦間期のイギリスを中心に、経済学者・官僚と政策形成の係わりを実証的に解明しようとした。経済学者・官僚の著作と膨大な政府公文書を通して、政策形成過程の実態を解明することは、政府と経済学者の関係について一定の示唆を提供しうるものと考えられる。まず論文「救貧法から福祉国家ヘ--世紀転換期の貧困・失業問題と経済学者--」では、19世紀末の貧困および失業問題の認識から、20世紀初頭の社会福祉立法に至る過程を、救貧法から福祉国家へという展望のもとに経済思想と制度に即して明らかにしようとした。救貧法の理念的基礎を提供した「旧派の経済学者」と「新世代の経済学者」マーシャルおよびオクスフォード・エコノミストとを対比し、福祉国家の理念的基礎を検討した。次いでウェッブ夫妻のナショナル・ミニマム論を考察し、労働行政・福祉行政の担い手であった商務省の「理性主義的官僚」リュエリン・スミスとベヴァリッジの思想と行動を、商務省労働局における労働統計の整備、職業紹介所法、失業保険法の成立週程に即して解明した。論文「雇用政策、産業合理化をめぐるケインズと大蔵省」では、まず1920年代の大量失業を背景にした、公共事業・雇用政策と金本位制、財政政策をめぐるケインズ、ヘンダースンらとリース・ロス、ホプキンスら大蔵省の官僚エコノミストの開係を大蔵省文書にもとづいて検討した。ケインズの側における有効需要論の形成、ホートレー、大蔵省の側における「大蔵省見解」の定式化、その際にホプキンスら大蔵省の'Old Dogs'の知恵と実践哲学から出てくる「大蔵省の分析モデル」を明らかにし、実際の政策形成過程における経済学者および官僚エコノミストの役割について暫定的な結論を得た。
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