中東地域で近年影響力を強めつつある「イスラーム経済」と呼ばれる経済システムについて、その経済学的な理論内容は、現在のところ、倫理的判断に基づく経済行動と、利益を追求する中で達成される再生産、という二つの側面を統合しようとする点で、学説史におけるアダム・スミスの位置に相当すると考えられる。このため、「イスラーム」経済の性格を巡っては、社会主義に極めて近づく、とする議論一般均衡分析による経済運営の可能性を論証しようとする議論など、その可能性を巡って多様な議論が存在する。 「イスラーム経済」で前提される「利子」の廃止と損益分配システムという基本政策は、今後、大衆消費社会が成立した場合の個人消費者向け金融や、工業化が成立した後に生じる景気循環および貿易を通じて世界経済の動向が国内経済活動に反映される構造が成立した後に必要となる、財政資金調達や資本調達などへの対処、管理通貨制度の下でインフレをコントロールする能力、などの点で、資本主義先進工業国型における政策に比べて、政策効果の面で相対的に低い成果しか達成できない可能性がある。 中東産油国では、財政収入は依然として炭化水素関連に依存しており、経済制度が現時点では複雑化しておらず、また、外資に依存した開発手法のため、現時点では前段の問題は生じていない。しかし、若年層の失業に伴う社会不安を解消するために経済の多様化が緊急の課題となっており、この多様化が進展した場合、前段で述べた「イスラーム経済」の限界が顕在化し、経済の不安定化を経た後、経済制度は先進工業国型の資本主義システムへ接近する可能性が高い。 そしてこのことは、中東地域におけるこれまでの伝統的な「イスラーム」の教義理解の方法論の再考を意味し、社会思想としてのイスラームのあり方にまで議論が及ぶ可能性を持つ。
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