この小論は「組夫制度」についての調査と考察の報告である。 「組夫制度」とは、日本に固有のサブコントラクトシステムの一種である。その特色は、「組夫制度」が、「親分子分」関係を骨格として組織が統制されている点にある。 第2次世界大戦終結直後、1945年9月〜1946年9月の間に、茅沼炭鉱では、在籍する5〜600名の組夫のうち、約100名が餓死、又は栄養失調により死亡する事件が起こった。この事件で着目される点は、この事件が、経営者によっても、労働組合(その半数は共産党の影響下にあった)によっても、ほとんど関心を持たれなかったという事実である。(組夫が解放されたのは、一台のジープに乗ってやってきたGHQの士官によって「外カギ」が破壊されたことによる) 「市民社会」とは、その本性から「パリア」との関係で生まれる。日本の場合、その区別は「生産の主体」を構成しているか否かによってなされる。 「生産の主体」は、端的に「会社」と呼ばれる。「会社」を構成している日本の働く人々は、「労働者」でも「勤労者」でもなく、「従業員」として把握される。そして「従業員」のつくる「市民社会」は、必ずその対極に、「組夫」なり「社外工」なり「派遣労働者」なりを生み出し、攻撃せずにはいられない。 この小論は、以上のような仮説に基づき、この事件の理解と解明を試みている。 多分に冒険的なこの試論は、失敗しているとは考えないが、とはいえ今後の多くの事例研究に待つべきものではあろう。
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