近代日本の経済発展にとって海外市場の開拓は不可欠の要件であった。市場開拓にとって重要な点は市場情報の獲得である。本研究の課題はこうした海外市場情報のフローを情報ネットワークの形成という視点から検証することである。具体的には、商業会議所や商品陳列所など日本本国の経済団体と東アジア地域に設立された居留民団・商品陳列館・各種実業団体・企業あるいは個々の商工業者との間の情報伝達ルートや情報交流を実証的に明らかにすることを通じて、課題にアプローチした。 本国の商業会議所や商品陳列所は地域経済とアジア市場を連結する媒介環であり、アジア各地の市場情報を地域経済末端の商工業者にまでフィードバックする情報システムの中核として機能していた。こうした情報ネットワークはアジア各地に展開していた日本人商人と本国の地域商工業者との直接的な商取引仲介活動を通して、地域経済の商取引空間を飛躍的に拡張した。他面でアジア各地の日本人商人もこの情報ネットワークを通じて本国経済との紐帯を確保していた。 さらに研究を通じてこのネットワークの地域的拡張が、植民地、勢力圏を起点に鉄道沿線や沿岸地帯に沿って東北アジアから東南アジアへと進展したことが明らかになった。つまり、この民間ベースの経済情報ネットワークは、近代日本の帝国経済のアジア地域における外延的拡張と表裏をなして展開していた。この点に着目すれば、この経済情報ネットワークが果たした役割は、単に商取引空間を拡張しただけでなく、帝国政治・経済圏のアジア地域における外延的拡張や日本の対アジア拡張政策の進展に一定の内的機能を果たしてきたと見ることができる。すなわち、この民間経済団体を媒介環として形成させた経済情報ネットワークは、外務省・農商務省系列の官制情報ネットワークを補完しながら、近代日本の帝国情報ネットワークの一環として存在していたと言うことができる。
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