本年度においては企業概念の時系列的研究の一環としてなぜアメリカとイギリスにおいては株主利益中心主義が支配的であり、日本、ドイツ、フランスにおいては従業員の雇用維持および企業それ自体の維持、繁栄が広く利害関係者により共有されている企業概念であるかを歴史的視点から究明した。まずイギリスにおける株主利益中心主義の発展は同国の富裕層の出現により、これらが余裕資金を運用する必要に迫られた歴史的事実をあげることができる。すなわち株主利益中心主義の企業概念が支配的となるためには富裕層の発展が必要条件であった。イギリスにおけるこれら投資家は共有地の囲い込み、すなわち私有地化による農地および放牧地の拡大に伴う農業生産性の上昇によるものである。これにより大地主の所得が飛躍的に増加した。この余剰資本は1600年イギリスで創設されたロンドン証券取引所を通じて、海外植民地への投資、19世紀後半にはアメリカに対する投資へと向かった。アメリカにおいてはその工業化の初期には日本、ドイツ、フランスと同様に銀行が産業資金の供給をおこなったが、広大の土地はイギリスの囲い込みに相当する富を綿花その他の農産物の生産により生み出した。また20世紀初頭における自動車、電話、ラジオなどの技術革新の進展は巨富を生み出し、これがニューヨーク証券取引所の発展を促した。アメリカにおいてはJ.P.モルガン銀行に代表される金融財閥が日本の財閥よりも大規模な産業集中を実現した。これら銀行は1929年の株価暴落の元凶とされ、以後銀行の発展が抑制され、かわりに証券取引所が発展した。日本、ドイツ、フランスにおいては最近に至るまで、このような歴史的初期条件がなかったため、証券取引所の発展が見られれず、株主利益中心主義が出現する契機がなかった。以上の歴史的違いが明らかになったことは有意義であった。
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