固体中原子の内殻を励起すると、突然生じた正孔の影響によって外殻電子には様々な緩和が起こることが希土類元素のf電子系でよく知られている。ところが、価電子帯が局在性の弱いs電子とp電子の混成軌道から成るsp結合半導体(sp電子系)においても価電子の再配置を示唆する結果が得られていた。層状結晶であるh-BNのB1sノーマル発光に比べてスペクテータ発光ではπ発光成分が著しく減少したのである。このπ発光異常は、生成された内殻正孔のクーロン引き込み効果によってπ軌道電子再配置が起きる結果生じるものと解釈した。そこで本研究ではsp結合半導体における価電子再配置を主に軟X線発光の偏光分光実験によって実証することを目的とした。偏光分光を実施するため、回折格子にMo/B_4C多層膜を蒸着し、その性能を評価した結果、入射角45°のとき184eVの1次回折効率は3.1%を記録した。また、99.1%の偏光能を有することも確認した。発光偏光分光計にこの多層膜回折格子を搭載し、h-BNのB1s発光について分解能が不十分ながらσ発光とπ発光成分ごとにスペクトルを得ることができた。一方、h-BNのN1s発光スペクトルを測定し、これまでのB1s励起と同様なπ発光異常が現れることが確認できた。また、π電子再配置モデルが予言しているX線光電子スペクトルのB1s主ピークに伴うサテライトピークの確認を行った結果、期待されるエネルギーより僅かずれた位置に小さなピークが確認できた。発光の偏光分光による実証は完了しなかったが、これらの結果からsp電子系における価電子再配置による緩和を実証するという本研究の当初の目的は概ね達成された。最近高温超伝導体として注目されているMgB_2はh-BNと構造がよく似ており、本研究で開発した発光偏光分光計が超伝導発現機構の解明に貢献できるものと期待される。
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