平成11年度においては量子力学的輸送方程式をスピン偏極を持つ半導体量子井戸中の2次元電子ガスに適用し、低温(電子分布が縮退した領域)における縦および横スピン拡散係数を数値的に求めることが出来た。これによれば縦スピン拡散係数は温度が下がるに従い単調に増大するが、横スピン拡散係数は低温でその増大が飽和することが示され、その飽和拡散係数の大きさは系のスピン偏極度に依存している。これは後者が通常のフェルミ流体の輸送係数の温度変化とは異なる振る舞いをすることを示している。またスピン波などのスピン集団運動発生の目安となるSpin-rotation parameterは低温で増大し、半導体中の2次元電子ガスにおいてもスピン波が発生し得ることを示している。計算で得られた拡散係数は10^1-10^4cm^2s^<-1>程度で実験で十分測定できる大きさであるが、但し現実の系では電子-電子散乱以外の散乱過程との競合があり、この効果がどれほどの大きさであるか評価が必要である。またスピン拡散を測定するためにはスピン緩和時間が十分に長い(縦スピン拡散で1ns程度、横では100ns程度)必要があるが、最近GaAs(110)面に成長した量子井戸ではかなり長いスピン緩和時間が測定されており、このような系を対象としたスピン拡散測定実験系を考慮している。
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