研究概要 |
平成12年度においては,前年度に行ったスピン偏極2次元電子ガスにおけるスピン拡散の理論計算を,実際の系に適用できるように,より近似を上げて実行した。前年度に行った計算では,電子系の多粒子効果をハートリー・フォック近似(HFA)で計算していた。この近似は解析的に解けて,数値計算が容易である反面,フェルミ面における準粒子の有効質量がゼロになる,電子相関が取り込まれない,などの問題があり,スピン拡散の絶対値に不確定さが残った。本年度はHFAに代わり,数値計算は大規模になってしまったものの,乱雑位相近似(RPA)を用いた。これにより,より信頼性のある計算値を得ることが出来たと考えている。HFAによる結果と比べると,スピン拡散係数は絶対値は若干増加したが,定性的には同じ傾向を示しており,スピン波等の集団励起も期待される。一方半導体ヘテロ界面,量子井戸中にある現実の2次元電子ガスにおいては,電子間散乱に加えて(今回の理論では考慮していない)不純物散乱もスピン拡散に影響する。この寄与が大きいと,電子散乱の効果がマスクされて測定されない。不純物散乱のスピン拡散係数への寄与を,実験で測定されているキャリアー移動度からアインシュタインの関係式を使って見積もると,極めて移動度の高いサンプルでは低温(<10K)で電子間散乱と同程度であった。したがって今回の研究で問題としている電子間散乱に起因するスピン拡散やスピン集団励起を測定するためには,移動度の高い高品質のサンプルが必要になる。 またGaAs/InGaAs量子井戸構造サンプルにおけるスピン拡散とスピン緩和の測定を開始した。現在は,pn接合を介したキャリアー注入におけるスピン緩和を評価するために,サンプル表面のn-AlGaAs層で円偏光光励起されたスピン偏極電子が縦方向にドリフトし,p-InGaAs層で発光再結合する際のスピン偏極度を時間分解測定している。これまでに得られたデータを見ると井戸層に注入された電子は,すでにかなりスピン緩和を起こしており,スピン偏極2次元電子を得るには,更なる構造の最適化が必要であることを示している。
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