超格子、量子井戸などへテロ構造を有する半導体中の励起子には、空間次元の量子閉じ込め効果によるサブバンド分裂に従って、バルク系では現れないFano共鳴状態が発現する。これは、励起子の束縛準位が連続準位に埋もれることによる多チャンネル(多バンド)の量子干渉効果であり、Fano共鳴状態はもはや束縛状態ではなく多チャンネル散乱状態である。このような低次元励起子の詳細な研究は、純粋な学問的関心のみならず、非線形光学素子や新型の半導体レーザー開発のために極めて重要である。Fano共鳴は、近年の飛躍的な技術進歩に相俟って様々な条件下で観測できるようになった。一方、理論的研究では、殆どが単純な変分計算に基づく擬連続状態によってFano共鳴を記述しており、計算の安定化のため経験的なパラメータの導入が不可避である。これは多チャンネル散乱の境界条件を満足していないだけでなく、自然スペクトルや共鳴幅等の計算が不可能となり、理論としては不完全なものである。更に、価電子帯混合効果は低次元励起子の束縛状態では重要性が認識されているにもかかわらず、Fano共鳴状態ではこれを取りこんだ理論的定式化はほぼ皆無である。これらの問題をすべて克服するため、価電子帯混合を考慮したLuttinger Hamiltonianに基づいて、断熱展開法とR行列法を適用した新しい励起子の多チャンネル散乱理論を構築した。更に、GaAs/Al_xGa_<1-x>As量子井戸系で大規模数値計算を遂行することにより、高精度のFanoスペクトルを得、既存の実験値と詳細な比較を行うことに成功した。これらの研究により、量子井戸の幅が大きくなるほど、クーロン結合のみならず価電子帯混合がFano共鳴に顕著な影響を及ぼしていることが明かになった。更に、Fano共鳴どうしがコヒーレントに干渉し、スペクトルが複雑に変調する重なり共鳴が生じる可能性を例証し、これにおいても価電子帯混合が重要な役割を果たしていることを示した。
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