液体中に色素分子が溶質として入ると、その光学過程には数十フェムト秒オーダーの超高速位相緩和から、ナノ秒程度よりも遅いエネルギー緩和まで、広範な時間スケールの緩和現象が現れる。特にこの系の光学的位相緩和過程は、溶媒との強い相互作用により数十フェムト秒の大変短い時間で起こる。この過程を理解することは、光学過程を通して物質中の緩和現象を研究する上で一般性を持つ非常に重要な課題である。本研究では、この超高速位相緩和の機構を明らかにすることを目的として、液体やガラス中の色素分子(βカロテン)における共鳴二次光学スペクトルの詳細な測定、解析を行った。 その結果、この系における光学的位相緩和過程は、色素分子とまわりの液体分子との線形電子格子相互作用を仮定したダイナミカルモデルによって良く再現されることが分かった。また、フェムト秒オーダーの位相緩和過程は比較的強い電子格子相互作用によって起こり、その時間特性はガウス型に近いことが明らかになった。このことを電子格子相互作用のポテンシャルから見ると、電子励起状態と基底状態の平衡位置のずれが比較的大きいことに対応している。実際、電子励起状態における格子緩和エネルギーは、平均フォノンエネルギー(約30波数)の8倍程度と見積もられた。β-カロテン分子の長い共役結合は周りの分子の影響を受けやすく、可視域に吸収を持ち比較的小さな、またしっかりした構造をもつ他の色素と比較して、数十Kの低温においても数十フェムト秒の非常に早い位相緩和が引き起こされていると考えられる。
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