マクロスケールでの摩擦法則はよく知られた物理法則である。しかし、原子スケールでの摩擦力の性質はよく理解されているとは言いがたい。近年、原子間力顕微鏡やマイクロバランス等の新しい実験技術の開発によって、原子スケールの摩擦ではマクロスケールとは異なった振る舞いが観察されている。 本申請の研究課題は、He吸着膜の基板振動に対する応答について調べ、吸着膜の摩擦とそのメカニズムに対する知見を得ようとするものである。具体的には吸着基板として多孔質を用い超音波により吸着膜のスリップを測定する。超音波を用いたスリップ現象の測定は、基板振動に対して吸着膜がスリップすると、見掛けの吸着質量の現象に対応した音速増加が観測されることに基づく。また、その変化に対応して吸収も観察される。本年度は、層状多孔質のヘクトライトを吸着基板として選び、膜厚として0.1層から2層まで、温度域として0.1Kから20Kまでの範囲で系統的な測定を行った。測定の結果、高音域では吸着膜は基板振動に追従するのに対して、低音域では吸着膜のスリップと考えられる音速および吸収の変化が観測された。この音速と吸収の温度依存症から、スリップの緩和時間がアレウニウス則に従うことが明らかになった。また、アレウニウス則に現れる活性化エネルギーの値は、吸着膜の比熱測定から得られた熱励起のエネルギー(格子欠陥の生成エネルギー)に近い。以上からHe吸着膜の摩擦は、吸着膜の構造の乱れが重要な役割を担っていると考えられる。
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