本研究においては、伊藤の厳密公式を用いて、ホール効果における反磁性電流の寄与と、タイトバインディング理論におけるパイエルス近似との関係が詳しく調べられた。パイエルス位相因子は、電子の古典的運動経路からの寄与に相当すること、反磁性電流を完全に考慮するためには非古典的経路からの寄与を必要とすることが明らかにされた。また単一バンドの研究から、反磁性電流を完全に考慮すれば、ホール伝導の電子・正孔対称性が回復されることが確認された。 さらに、厳密な公式に平均場理論を適用して、液体3d遷移金属の電気伝導度とホール効果を扱った。立方行列の方法を導入し、多重バンドの場合に現れるベクトル型およびテンソル型のバーテックス関数に関する積分方程式を、1次元に還元することができた。これを応用し、ハリソンの固体元素表を用いて、電気伝導度については定量的に良い結果を得た。しかしp軌道の方向性を無視したこの扱いは、ホール係数を正しく与えないことも確かめられた。 また、本研究では、飛躍的に大きな系を扱う新しい計算方法として、直交多項式展開法を開発した。ホール係数は4つのグリーン関数を含む相関関数で与えられるので、十分に大きな系で計算しなければならず、またデルタ関数に有限の幅を与えてゼロに内挿する操作も避けられない。直交多項式法は連分数展開法に比較して驚異的に高精度であり、また時間発展を追う方法に比較して、1桁以上高速のパフォーマンスを有するため、この要請に応えられる。これは2次元正方格子のモデル計算によって確かめられた。また、通常用いられるすべての特殊関数について、必要な展開係数を解析的表現で与えた。 今後は、平均場近似についてはp軌道を含めた計算を行うこと、また第一原理計算については、より大きな系での計算を行うことが課題である。とくに、多成分系を取り扱う場合には、粒子数を少なくとも1桁以上増やさなければならない。また、直交多項式展開の方法によって、磁場中の波束の運動を実空間で追いかける可能性が開かれた。これは強磁場中での電子輸送をも視野に入れた、今後の大きな課題である。
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