研究概要 |
強光子場(10^<12>-10^<15>W/cm^2)における分子ダイナミクスは,2つの電子状態が結合して生じた「ドレスト状態」のポテンシャルによって支配されていることが,1電子系H_2^+分子についてのこれまでの研究から明らかにされた.多電子系分子においては,ドレスト状態の形成に多くの電子励起状態が関与すると予想される.本研究では,解離生成した原子イオンの持つ運動量を(1)飛行時間型質量分析器,および(2)高分解能ドップラー分光によって測定し,多電子系分子におけるドレスト状態の形成機構を明らかにした. 1.高輝度フェムト秒光パルス(800nm,100fs,10Hz)、およびその第2次高調波(400nm)を、高真空チャンバー(〜10^<-8>Torr)に集光することによって1PW/cm^2程度の光子場を発生させた。光子場との相互作用によってO_2から生成したO^+イオンの運動量ベクトル分布を質量選別運動量画像(MRMI)法により測定した。波長800nmにおけるO^+イオンのMRMI画像には、解離過程O_2^<2+>→O^++Oに由来するピークが観測された.このピークはレーザー偏光方向に強い空間異方性を示し、同じ電子対称性を持った電子状態間の結合が強光子場における解離過程を支配していることを示唆している。ドレスト状態描像を用いた解析から,観測されたピークは主として4重項状態a^4П_uを始状態としたa^4П_u-b^4П_g-2^4П_u-2^4П_g状態間結合による1+1+1越閾解離に由来するものと考えられる。また波長を400nmとした場合に観測された3本のピークに対しても,同様の帰属ができることがわかり、ドレスト状態が主として同じ電子対称性を持つ少数の電子状態間の結合によって生成することが明らかとなった。 2.解離生成原子・イオンからの発光のドップラー分光測定を新たな実験手法として用いた.一般に,強光子場における光解離生成原子は大きな解放運動エネルギー(1〜3eV)を持つため,高分解能ドップラー分光計測によって,特定の電子励起状態からの「生成物の電子状態を指定した」運動エネルギースペクトルの測定が可能である。チャンバー内にNOまたはO_2などの試料ガスを導入し,66cm分光器を用いて発光分散スペクトル測定(分解能2cm^<-1>)を行った.標的分子としてはを用いた.分散蛍光スペクトルにはクーロン爆発過程によって生成した多価原子イオン種からの発光が数多く観測された.特にNOから生成したN^<2+>の3^2P→3^2S遷移(409.24nm)のスペクトルはレーザー偏光方向から観測した場合,2本に分裂していることが初めて見いだされた.スペクトル分裂幅(〜5cm^<-1>)から決定された解放運動エネルギーに基づいて,このN^<2+>は主に解離過程NO^<4+>->N^<2+>+O^<2+>に帰属されることがわかった.これは,強光子場におけるクーロン爆発過程において分子励起状態が寄与することを直接示した初めての例である.
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