古火星の水循環について気候物理学的な検討を行うことを目的として、地球大気用に開発されてきた大気大循環モデルを用い、数値実験を行った。当初の計画では、降水分布が、海の有無、海の大きさ、大気圧、自転軸の傾きにどのように依存するか、特に海の存在の影響について検討を進めることが主要課題となっていた。しかし、研究過程で自転軸の傾きが非常に重要な意味を持っていることが明らかになってきたので、本年度はこの問題に専念して研究を進めた。本年度使用したモデルは海を持たない仮想的な全陸惑星である。 本年度の研究によって、自転軸が大きく傾いている場合と、あまり傾いていない場合では降水は全く異なる振る舞いをし、いわば異なる気候レジームを構成していることが明らかになった。仮に後者を「傾斜レジーム」、前者を「直立レジーム」と呼ぶ。2つのレジームの選択はハンドレーセルの占める緯度帯の幅と回帰線の緯度の大小関係で決まるらしい。 「直立ジレーム」では地表面での水輸送がない全陸惑星では高緯度への水の輸送によって低緯度が乾燥化し、全く低緯度では降水はおこらなくなる。「傾斜レジーム」では、低緯度は乾燥化はしているものの、年に2回、春と秋に降水がおこる。また、夏半球の温度に関しては同じ太陽放射・大気組成・大気量であっても「直立レジーム」に比べて非常に高くなる。 現在の地球や火星の自転軸の傾きは約23〜24度であるが、これは「直立レジーム」に属する。しかし過去の火星では自転軸が60度程度まで傾いた時期があったとされており、この場合は「傾斜レジーム」になる。これから、古火星環境の「温暖湿潤期」は火星が過去に「傾斜レジーム」に入っていた時期に相当する、とする仮説が導かれる。この仮説は今まで提唱されていない新しいものであるので、今後、この仮説を軸として検討を進める予定である。
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