研究概要 |
宇宙空間では、水素は主として水素原子として存在するが、その一部は水素分子となっている。高真空・極低温の宇宙で、水素原子から水素分子がどのようにして生成するかは、Molecular Hydrogen Problemとして知られる長年の謎である。水素原子が星間塵の表面に吸着し、そこで2原子が会合し余分なエネルギーを放出して、脱着するという説が有力であるが、この説には速度論的な困難がある。 本研究では、宇宙にあまねく存在する多環式芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon, PAH)の陽イオン(PAH^+)を触媒として水素分子が生成する可能性を分子軌道計算により検討した。用いた主な分子軌道法は密度汎関数法B3LYP/6-31G^<**>およびPMP2/6-31G^<**>であり、想定した主な反応経路は、まずPAH^+に1個の水素原子が結合してAreniumイオンを形成し、次いで2個目の水素原子がAreniumイオンから、先に結合した水素原子を引き抜いて水素分子を生成するというものである。 一連の計算の結果、ナフタレン、アントラセン、ピレン、コロネンなどのPAH陽イオンを介する場合、1段階目の反応はまったく活性化エネルギーを必要とせず、2段階目の反応も、多くの場合0〜3kcal/molの小さな活性化エネルギーで進行することが判明した。これより、この種のPAH^+を触媒とする水素分子生成反応は、極低温の宇宙での水素分子生成反応の有力な候補となると考えられる。なお、2段階目の反応のような水素原子移動反応では、密度汎関数法は活性化エネルギーを過小評価することがわかったので、PMP2/6-31G^<**>とB3LYP/6-31G^<**>//PMP2/6-31G^<**>レベルの計算を行い、活性化エネルギーの補正を行った。また、この種の反応は重水素のPAHへの濃縮の機構ともなりうる。
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