酸の水素の一部が金属イオンで置き換えられずに残っている水素塩では、残っている水素を介して短い水素結合が形成されていることが多い。水素塩に見られるような短い水素結合では水素結合距離と核四極結合定数が複雑な変化をすることが知られている。これは非対称型から対照型あるいは二重極小型ポテンシャルから単一極小型ポテンシャルへの変化と関連付けられて議論されてきたが、近年明らかになった動的挙動も含めた総合的な理解は充分とはいえない。これと関連する事実として、非常に短い水素結合をもつ一部の化合物において温度上昇に対して四重極結合定数の温度変化が、通常の結合とは逆の正の値をとることが観測された。ほんのわずかの変化で値の正負までも変わるということから、四重極結合定数の温度変化の勾配は水素結合を記述する重要な指標になると考えられる。しかしながら短い水素結合系の四重極結合定数の温度変化が測定された実例がいまだ少なく、議論を進めていくことが難しかった。 前年度製作した装置を用いて、以前予備的な測定を行っていたアセチレンジカルボン酸水素カリウム(OO距離2.445Å)及びアセチレンジカルボン酸水素ルビジウム(2.449Å)の重水素核磁気共鳴スペクトルの温度変化を測定し、高精度の測定データを得た。80K付近から室温にいたるまで四重極結合定数は温度上昇に伴い単調に増加した。四重極結合定数の勾配の大きさは二つの塩でほとんど変わらなかったが、四重極結合定数の絶対値は水素結合距離がより長いルビジウム塩の方が若干大きいことがわかった。対称的な短い水素結合のもとでも水素結合距離が長くなるにつれて四重極結合定数が大きくなると考えれば、温度上昇による増加は熱膨張により水素結合距離が長くなるためと説明できる。 それに対し炭酸水素カリウム(2.61Å)については温度上昇に対して負の温度依存性がみられ、しかもその勾配の値は非常に小さいものであった。これはOHの単結合性が強いために、非調和性の振動励起による平均化が支配的であるためと考えられる。
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