昨年度までに、水クラスター負イオンおよび1族金属原子と水クラスターの錯体に、OH{e}HOと記すことの出来る構造が共通して見いだされることを理論計算によって示した。電子{e}の中心には原子核が存在しない。この電子{e}と相互作用しているOHの伸縮振動が低波数移動しと結合距離も長くなること等から、この相互作用は、電子-水素結合と呼ぶのが妥当であることを示した。ここまではすでに、論文として発表した。 本年度は、電子遷移を理論的に研究し、実験的研究を提案した。水クラスター負イオンでは、電子遷移は連続状態(イオン化状態)への遷移になるので、L^2可積分基底を使ったモーメント法によってスペクトルを計算した。余剰電子{e}を内部に含むクラスターと双極子束縛負イオンクラスターの電子スペクトルの違いを明らかにした。1族金属原子と水クラスターの錯体では、水が1あるいは2では、金属のsp混成軌道を占める電子がクラスター全体に拡がったリドベルグ型軌道に励起する遷移となるが、水分子の数が増えると、OH{e}HO構造の電子がリドベルグ型軌道に励起する遷移になる。イオン化しきい値に収斂するスペクトルになる。 弱い分子間相互作用で結合している分子錯体の理論計算には、BSSEと呼ばれる基底関数展開法に本質的に付随する誤差が存在する。この誤差を取り除く計算方法は長年の懸案であったが、その系統的解決方法を、局所射影分子軌道法(LP SCFMO)という形で導出することに成功した。水クラスターに対するクラスターサイズと基底関数依存性を系統的に研究した結果、scf MO近似レベルでは、電荷非局在効果の過小評価により、結合エネルギーは小さく見積もられることを明らかにした。摂動計算などによる分子間電子非局在と電子相関を取り入れる理論開発の必要性を明らかにした。
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