研究概要 |
今年度は,最終目標である光励起構造解析法の多核金属錯体への応用を行った.実験の対象としたホスホン酸を配位子とする自金複核錯体は,2つの自金原子間には直接金属結合等はないが,可視光の照射により励起状態では2つの自金原子間で金属間の反結合性軌道から結合性軌道への電子遷移が生じて,原子間距離が短くなるという分光学的知見がある.前年度までにほぼ完成した光励起X線回折実験の可能な多重露光機構を備えた低温真空カメラ(SPring-8BL02B1に設置)に,結晶により強力な励起光としてレーザー光を導入できるように光ファイバーおよび集光装置を組み込んだ.白金錯体の単結晶を液体窒素温度以下(65K)に冷却して,442nmの青色レーザーを励起光として導入し,放射光X線を用いた光励起単結晶回折実験を行った.検出器であるイメージングプレート(IP)の時間減衰や,光照射に伴う温度上昇の影響を補正した後に,光照射下と非照射下での構造因子の差をもとにしたフーリエ図から,結晶中の自金原子の一部が基底状態の位置から移動していることをはじめて直接明らかにすることができた.さらに,基底状態に対する光照射時の回折強度の変化率をもとに,光照射下の結晶で位置が移動した自金の占有率とその位置を最小2乗法で精密化した結果,約1%の白金原子が基底状態より0.3A移動し,その白金原子間距離も2.7Aと,基底状態の2.92Aより0.2A程度短くなった.また,この手法が適用可能な物質の探索では,ロジウム,自金に加え銅と同様な構造を持つ銀多核錯体の合成を行い,発光スペクトルの測定や,低温でのX線回折実験等を行った.当初目的とした多核銅錯体については適当な結晶試料を探索することに成功していないが,光照射下で光励起分子の基底状態からの変形を初めて観測した今回の成果は,他の金属錯体の光励起構造解析にも充分適用可能であり.解析手法の確立という申請課題の目標はほぼ達成できたと考える.
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