目的:ニホンジカの個体群動態と遺伝的多様性との関連を明らかにするために、各地域個体群の遺伝的多様性の現状を把握することを試みた。 方法と試料:岩手、宮城、兵庫、島根、山口、長崎、宮崎、鹿児島の10地域個体群からそれぞれ約20個体のサンプルを採取して、マイクロサテライト多型分析をおこなった。 結果と考察:個体群内の遺伝的多様性の指標である平均ヘテロ接合度は、長崎と種子島において他地域と比較して有意に低下していた。金華山島、屋久島、対馬などの個体群ではヘテロ接合度の低化はみられない。2個体群でみられたヘテロ接合度の減少は、島嶼-本土の違いや、現在の個体群サイズの違いなどに起因するものではないと考えられる。金華山島個体群について、遺伝的浮動のみを想定した単純なモデルでヘテロ接合度の変化を予測したところ、遺伝的多様性は20世代以内に急速に減少することが示された。しかし、現実の金華山島個体群ではヘテロ接合度が低下していない。この結果は、ニホンジカ個体群内部での遺伝子の動き(gene flow)を制約する何らかの要因が存在することを示唆する。次に、地域間の遺伝的分化の指標としてのFstとRstを計算した。その結果、ミトコンドリアDNAでみられるような南西グループと北東グループの境界は、核遺伝子であるマイクロサテライトDNAでは存在しなかった。以上の結果は、ニホンジカの遺伝子の長距離にわたる交流が、主に雄のみによって行われていることを裏付けるものと考えられる。
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