研究概要 |
目的:ニホンジカの個体群動態と遺伝的多様性の関連を明らかにするために、各地域個体群の遺伝的多様性の現状をマイクロサテライト多型分析によって把握することを試みた。 方法と材料:北海道3地域、岩手、宮城、兵庫、島根、香川、山口、長崎、宮崎、鹿児島の12地域個体群からそれぞれ20個体前後のサンプルを採取して、マイクロサテライト11遺伝子座の遺伝型を決定した。さらに、各地域個体群の歴史的変遷についての文献資料を収集して、過去における個体群サイズの変動を推定するとともに、ボトルネックが生じた可能性についてシミュレーションにより検証した。さらに個体群間の遺伝的分化の程度をFSTにより数値化した。 結果と考察:最初に方法論的検討をおこない、個体群の内部構造を明らかにする分析手法を確立した(Zoological Science 17,335-340に発表)。ついで、鹿児島、岩手、宮城、香川については、歴史資料を検索した結果、過去100年間の個体数変動を概ね把握することができた。特に鹿児島(沖縄)のニホンジカについては、遺伝子分析により自然個体群ではなく移入種である可能性も示唆される結果を得た(TROPICS 10,73-78に発表)。さらに、得られた遺伝的多様性のデータにもとづいてシミュレーションをした結果、長崎、島根、岩手においては過去にボトルネックを経験していることが明らかになった。FST解析の結果、日本におけるニホンジカ地域個体群は、それぞれが分断化されて遺伝的分化が進行していることが示された(Molecular Ecology 10,印刷中)。以上の結果から、わが国のニホンジカ個体群は明治期以降の生息環境の変化によって、それぞれの地域に遺伝学的に分断化されたことと、いくつかの個体群ではさらにボトルネックによって遺伝的多様性が減少していることが明らかになった。
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