研究概要 |
一般にシナプスにおける情報伝達は,全か無かの神経インパルスによって行われるが,最近になってインパルスを介さないシナプス伝達が感覚系や中枢神経系で重要な役割を担っている事が明らかにされてきた。そこでは,前ニューロンの膜電位変化に対応して段階的に放出された伝達物質が,後ニューロンに段階的なシナプス電位を生じる。神経筋接合部における運動ニューロンの前末端も同様な性質を持つことが実験的に示されてきたが,生体の神経による筋の制御は,一般には運動ニューロンのインパルスによる神経筋伝達によって行われており,神経筋接合部における機能的な段階的シナプス伝達は知られていない。 多くの甲殻類の心臓は,心臓内にある自動興奮性をもった心臓神経節が心筋を駆動することによって拍動する神経原性心臓であるとされてきた。しかし等脚類のフナムシの心臓では,心筋も自動興奮性をもっており,心臓神経節の自発活動が神経筋シナプス電位を介して心筋の活動リズムを神経節の活動リズムに制御していることを示した。フナムシの心臓神経節は,6個の自発興奮性をもったグルタメイトを伝達物質とする運動ニューロンによって構成されており,それらのニューロンは電気的結合を介して同期して活動する。心臓神経節で引き起こされた周期的な神経インパルス群は,神経筋接合部電位を介して心筋の活動電位を誘発する事によって心筋の活動リズムを神経節活動リズムに制御する。本研究において,心臓神経節と心筋間の神経筋伝達を,電気生理学的および薬理学的手法を用いてさらに詳しく解析した結果,心臓神経節ニューロンは神経インパルスを介したシナプス伝達のみならず,ニューロンに局所的に生じる膜電位変化を介した段階的シナプス伝達を介して心筋を制御していることを明らかにした。これらの結果は,ニューロンによる筋の新たな制御機構の発見の論文として,現在専門誌に印刷中である。
|