本研究の目的は、生体防御という進化的に重要な機能を持ち、著しく多様なMHC遺伝子の検出法を確立し、コイ科ウグイ属の進化にともなう同遺伝子の多様化について考察し、進化の研究における指標としての有効性を確認することにある。 山形県産ウグイを用いて、DNAからMHCクラスI遺伝子をPCR増幅、クローニングする方法を検討した。得られたクローンの塩基配列をアミノ酸配列に翻訳し、遺伝子デニタベースのコイやゼブラフィッシュの配列と比較した結果、ウグイMHCクラスIα3と同定された。しかし、複数個体のクローン配列を比較した結果、クラスIα3と確認できないものもあり、発現していない偽遺伝子などを検出した可能性があった。このように、DNAから検出する方法には問題があり、研究が進んでいない魚類ではクラスIを同定することが難しいと考えられたので、以後は発現しているMHCクラスIIのみを検討した。ウグイmRNAを精製してcDNAを合成し、MHCクラスII遺伝子をPCR増幅、クローニングする方法を確立した。各クローンの塩基配列をアミノ酸配列に翻訳し、コイやゼブラフィッシュと比較した結果、ウグイMHCクラスIIBと同定された。さらに、近隣結合法で系統解析を行った結果、ウグイMHCクラスIIBは著しく多様で、少なくとも4遺伝子座に支配され、それぞれに複数の対立遺伝子が推定された。系統樹上でウグイMHCクラスIIBのいくつかはコイやゼブラフィッシュの複数の分子と共通なクラスターを形成したが、ウグイMHCクラスIIBだけからなる独自のクラスターも存在した。すなわち、MHCクラスIIB遺伝子ではコイ科各種が系統進化する前から何度か遺伝子重複が起こり、さらに進化時間の経過とともに多様化してきたことが示唆された。このように多様なMHCクラスIIB遺伝子は、今後ウグイ属や他の魚類集団の進化の研究に有効利用できると考えられる。
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