本年度は、中国北部のチンタオと南部のシャーメン(アモイ)から、ナメクジウオBranchiostoma belcheri Grayの標本を多数入手することに成功した。これらと昨年度採集した日本国内の数ヶ所のナメクジウオ、およびタイ国沿岸産Branchiostoma malayanum Webbを分析試料として、ミトコンドリアゲノム上のいくつかの遺伝子の塩基配列を決定した。それを形態的解析の結果と総合することにより、ナメクジウオの種分化や系統について重要な知見をえることができた。その一部は、2000年11月22日〜23日に鹿児島大学で開催された国際ワークショップで発表し(別項11参照)、正式の論文もまもなく国際誌に投稿される。 ミトコンドリアゲノムにあるチトクロムC酸化酵素サブユニットIと16SリボソームRNAの遺伝子と形態形質の解析から得られた知見の概要は、つぎの通りである: (1)形態からみると日本国内とチンタオのナメクジウオは酷似するが、両者はシャーメンのものとは明瞭な差異があるが、分子集団遺伝学的には意外にも、これら3者間に有意な差が検出されなかった。 (2)ヨーロッパ産のB.lanceolatum(Pallas)と北米大西洋岸産のB.floridae Hubbsの当該遺伝子の塩基配列データをジーンバンクから入手し、上記アジア産の2種と比較したところ、形態(筋節数)においてはB.malayanumが他の3種とかけ離れている一方、分子においてはアジア産2種と大西洋産2種との間に最大のギャップが認められた。 (3)チトクロムC酸化酵素サブユニットIの塩基配列データから、アジア産種と大西洋産種との遺伝距離は0.222と計算された。この値は、哺乳類のサル目とネズミ目の間で同様に計算して得られた値(0.278)にほぼ匹敵する。ここから、アジア産種と大西洋産種が分化したのは、今から約1億1000万年前と推算された。
|