本年度は、前二年度の研究によって得られた初期人類大臼歯の歯冠計測データの解析をさらに進めた。対象としたデータセットはレーザー三次元計測による初期人類各種の臼歯と、主としてマイクロCTによるヒト、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンの比較対象標本群からなり、本年度には、新たにオランウータンとボノボの大臼歯のCT画像データを取得した。また本年度は、440万年前のアルディピテクス・ラミダスの下顎第一大臼歯の3次元表面形状計測データから、咀嚼機能を表すと考えられる各種形態パラメータを抽出し、アウストラロピテクス各種と現生対象群の大臼歯との比較解析を進めた。比較は以下の諸特徴について行った。1)切り裂き機能を表す頬側と舌側稜線の発達程度、2)磨耗初期状態における破砕高率と関連する咬合面窩面積、3)耐磨耗性と関連する歯冠基底部高、4)磨耗時における歯冠咬合面面積。これらの諸特徴を複数のパラメータを用いて検討し、種間比較では大きさによる基準化を数通りの方法で試みた。その結果、アルディピクスの大臼歯は果実食型のチンパンジー、オランウータンと共通する部分が多く見られた。一方、400万年前以後のアウストラロピテクス類と類似する点も見出された。また、アウストラロピテクス内の頑丈型(アウストラロピテウクス・エチオピクス、アウストラロピテクス・ロブストス、アウストラロピテクス・ボイセイ)とそうでない種群(アウストラロピテクス・アファレンシス、アウストラロピテクス・アフリカヌス、初期ホモ属)においては、上記諸特徴の変異幅が広く、多変量空間における双方の種群の分布域が広く重なり合い、両群の大臼歯の機能的特徴が大きく変わらないことが判明した。従って、初期人類においては、約400万年前までに一定の咀嚼機能が進化し、定着したことが示唆された。
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