現在、日本ではほとんど実施されていない臓器の冷凍手術を普及させるには、手術のプロトコルの確立および手術法やモニター技術の改善による組織の凍結破壊の確実性と精度の向上が重要である。その技術を支えるのは科学的基礎としての細胞の凍結障害のメカニズムの解明である。これについて、従来から緩速凍結時の場合には細胞外凍結に起因する化学的効果が細胞損傷の主要因であると考えられてきたが、最近、氷晶による細胞の圧迫も凍結障害の一因である可能性が高いことが明らかになってきた。本研究の目的は、この影響、すなわち圧迫変形が細胞の損傷に及ぼす影響を定量的に明らかにすることにある。 本研究ではヒト由来の前立腺癌細胞株PC-3の懸濁液を試料として、平行な二平面で挟まれた細胞の生存率と変形度の関係を明らかにした。直径の予め判っているガラスビーズをスペーサとして用いる「サンドイッチ法」という実験法を考案し、以下の結果を得た。 1.常温(23℃)の場合、隙間11.4μmでは80%以上が生き残るが、5.9μmでは40〜50%の細胞が損傷を受け、5.9μmになると約90%が破壊される。つまり、細胞は元の直径の約30%まで変形すると約半数が、約20%まで変形するとほとんどが損傷する。この場合の細胞表面積の増加は計算ではそれぞれ約50%および100%になる。 2.生存率と隙間すなわち変形度との関係についての実験結果は0℃と23℃でほぼ同じであったが、37℃ではそれより低くなった。細胞膜の脂質の相転移温度が10〜20℃であることを考慮すると、細胞の損傷は細胞膜の性質で決定されるのではなく、細胞骨格の変形が主な原因ではないかと考えられる。
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