人間が自分のいる空間の構造を認識するのに最も適した方法は、歩いて見て回ることである。空間を移動しながらその構造を把握するという行為は、人間の営みの中でも基本的なものであるが、定量的に研究することは困難が伴う。このような実験を行う場合は、視覚的な情報を制御することが不可欠であるが、実世界で広い空間において見えるものを完全に条件統一することは実際問題として極めて難しい。本研究では、歩行感覚を与えるデバイスの中で最も新しい方式である、トーラストレッドミルという装置を用いて空間認識の実験を行った。この装置はベルトコンベアーをドーナッツ状に数珠つなぎにすることによって、前後左右任意の方向に無限に続く床を生成することができる。これは適切な制御をかければ実空間と同じ歩行動作が実現できる。 平成11年度では、トーラストレッドミルを用いた実験システムの構築を行った。歩行者は頭部搭載型ディスプレイを装着し、トーラストレッドミルの上にのる。歩行者の頭と両足の位置は、磁気センサーを用いて計測し、体が常に同じ位置に留まるように床を駆動する。仮想空間の映像はCGで描かれ、頭部搭載型ディスプレイに表示される。CGの描画は実時間で行い、頭と足の運動に合わせて表示されるため、歩行者は実空間を歩いているような移動感覚を得る。平成12年度では、この実験システムを用いて距離と方向の感覚を経路再現実験によって評価した。この実験は、VR空間に構築されたランドマークを持たない広大な草原において行った。草原の中には2つの旗が立てられており、被験者はその旗を所定の順序でたどって歩く。その後旗は消え、被験者は旗があったと思われる位置を歩いて再現する。この方法は言葉による曖昧さを排除できるため、定量的な評価が可能になる。この実験の結果歩行運動感覚が距離と方向の認知精度を向上させることが確認された。
|