本研究の目的は、マレーシア、フィリピン、インドネシアのアセアン3カ国で導入された民間活力導入型の低コスト住宅供給政策の経験を比較分析し、当該政策の成立要因、構造的限界、政策課題などの政策的含意を導くことにある。民間デベロッパーの低コスト住宅供給に対して最も効果を発揮したのはマレーシアであり、フィリピンやインドネシアでは十分に機能していない。マレーシアでは、中央・地方の双方における当該政策への政治的関心の高さが政策成立とその維持の基盤となった。また、連邦政府や州政府が低コスト住宅の開発義務付けだけでなく、民間デベロッパーの事業環境の整備やインセンティブ供与、開発義務確認・順守制度、住宅ローンの拡充などの需要者支援を一つの政策パッケージとして導入したこと、さらに、1988年から10年間続いた好景気に支えられ、民間デベロッパーは収益事業から低コスト住宅開発への内部補助分を十分に賄うことができた。一方、インドネシアでは省令によって民間の低コスト住宅供給を義務付けたが、罰則規定がないことや地方政府の政策強制力の乏しさ・意欲の欠如から、多くの開発業者は供給義務を遵守していない。供給する場合でも就業地より遠隔地での供給が一般的であり、必ずしも低所得者向けの開発とはなっていない。フィリピンでは法令で低コスト住宅供給が義務付けられているものの、開発許認可を所轄する地方自治体や関連省庁の出先機関でのチェック体制が不十分であり、その政策遵守は民間デベロッパーの誠実さに委ねられている。高リターンを狙う新規参入開発業者の大半は法令を遵守していない。一方、マレーシアにおける民活型低コスト住宅政策においては、(1)経済不況への脆弱性、(2)住宅市場の歪みの拡大、(3)貧困層の取得能力の限界と民間デベロッパーの開発投資意欲との乖離などの構造的限界も明らかになった。
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