本研究の目的は、中世から近世に移行する際に、寺院建築の空間構成や建築構造・技法がどのように変化するのかを、現存遺構に則して解明しようとするものである。具体的には顕密諸宗派の寺院の仏堂を対象として、その平面構成、架構、造作、装飾意匠、小屋構造等の建築の形態が中世から近世に移行するにつれてどのように変化するのかを、現存する中世の遺構と近世の主要な遺構を比較する方法をとった。 その結果、内陣・礼堂・脇陣・後戸などの空間から構成される中世仏堂形式は、近世になっても保持されるが、脇陣・後戸・堂蔵などの空間の分割が少なくなり、内部空間が単純化する傾向にある。しかも内部の架構を省略し、天井も簡略な形式となって、意匠的にも簡素化が進む。しかし同時に一方で中世的な架構を残す遺構もある。また内陣と礼堂の結界に腰高の中敷居を用いる例が増えるが、これは庶民の参詣のあり方と密接に関わっていると推定される。庶民の回国・巡礼・寺社参詣は十五世紀から増大するが、堂内における参詣者の落書や巡礼札の存在から確認され、仏堂内部におけるその分布が参詣者の利用する空間が礼堂に限定されており、それ故結界のあり方も変化することを証明する。なお結界の方式では、内陣・礼堂境を一直線に区切るものと、内陣・脇陣境にも結界を入れて、浄土宗本堂と似た形式をもつものとがあり、平面形式は三類型に区分することができる。 以上の諸点は点は近畿地方の遺構を精査した所見であるが、架構や結界のあり方は地方性が顕著である。
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