準結晶中にはバーガース・ベクトルが4次元以上の高次元格子の格子並進ベクトルであるような転位を定義することができる。このような転位は、実空間の格子変位による通常の歪に加えて実空間に直交する補空間方向の格子変位による歪(フェイゾン歪)を伴う点で準結晶に固有な全く新しいタイプの構造欠陥である。本補助金によって、このような転位の性質を明らかにする目的で以下の研究を行った。まずAl-Pd-Mn系正20面体準結晶(i-Al-Pd-Mn)およびAl-Ni-Co正10角形準結晶(d-Al-Ni-Co)の塑性変形実験を行った。いずれも降伏後に準結晶に特徴的な加工軟化が観測された。熱活性化解析の結果、温度に依存する転位のdragging応力を仮定することにより種々の温度でのデータが統一的に解釈できることを示した。また準結晶中転位の動力学的性質に重要な役割を果たすフェイゾンの構造や性質を調べた。具体的には、i)STMによるフェイゾン欠陥の観察、ii)高温で導入される熱平衡フェイゾンの比熱測定による研究、iii)高温で動くフェイゾンを高温高分解能電顕その場観察法により調べる研究を行った。i)では、d-Al-Ni-Co正10角形準結晶中の凍結したフェイゾン欠陥の構造をSTMにより観察した。ii)ではi-Al-Pd-Mn、d-Al-Cu-Coの高温比熱をDSC法で測定した。500℃以上の高温で比熱の値がデュロン・プティの値である一原子当り3k(kはボルツマン定数)からはずれて上昇し、800℃で5kに達した。このような異常な比熱の上昇はフェイゾンの熱的励起によると解釈できる。このときの比熱の上昇分からエントロピー変化を計算し、従来から行われている計算機シミュレーションの結果と比較検討した。iii)では高温でのフェイゾンのゆらぎを世界で初めて電子顕微鏡で直接観察することに成功した。
|