水素は物質中に容易に浸入し、かつ、物質中の格子空間を自由に移動し得るとともに、材料格子欠陥などと種々の相互作用を持つことから、新しい機能の発現が期待されている。本研究では、人工格子膜に水素を導入することにより、その磁気特性を改良、改変することを目的としている。申請者らは、現在までに、MBEやrfスパッタ装置などを用いて、Co-貴金属系の人工格子膜を作製し、その磁気特性と構造の関連を探査・研究してきた。その過程で、エピタキシャル成長した人工格子膜を熱処理すると、初期段階で、磁気特性が改良される現象を見出した。これは、Co原子周りの格子歪み緩和、再配列により、Co原子の電子状態が変化したためと考えられるが、未だその詳細な機構は解明されていない。この現象を確認するために、水素イオン照射により人工格子膜に導入した。その結果、X線による構造変化は検出されなかったにもかかわらず、磁気特性に明らかな変化が認められた。本研究では、水素の人工格子への導入により発現する磁気特性のダイナミックスを明らかにすることを主眼に、新機能材料の創製を目指している。 本年度に新規に導入した超精密電気抵抗測定システムにより、半導体、絶縁体の電気抵抗を磁場内で測定することが可能となり、より広範に研究を進展させることができた。AlN、CuNなどの比抵抗が極めて大きい物質の水素導入による電気抵抗変化も評価することができた。また、GMRやTMRなどの磁性薄膜を作成し、その電気-磁気特性を精密に測定することにより、水素導入による界面変化、歪緩和の効果を評価した。この結果、GMRでは常温で2%を超える磁気抵抗変化率を観測した。これは、水素導入による新機能材料の開発の可能性を示したもので意義深い。
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