エステルのアルカリ加水分解反応における反応障壁の由来は、必ずしも理論的に説明されていない。本研究では、エステルの十分近傍において水と水酸化物イオンとの間でプロトン移動が生じた後、生成した水酸化物イオンが、溶媒である水分子と相互作用しながらカルボニル炭素に求核付加攻撃を行ない、4面体型中間体を生成する新たな加水分解反応機構を検討することを目的とした。関与する水分子の数が活性化エネルギーに及ぼす影響について、非経験的分子軌道計算を用いて理論的考察を行った。構造最適化はB3LYP/6-31+G^*法により行い、エネルギー相関の精密化のために、MP4/6-31+G^<**>//B3LYP6-31+G^*レベルの計算も行った。 水1分子が関与する機構は、4.6kcal mol^<-1>の活性化エネルギーを持つと計算された。この場合遷移状態(TS)はえられたものの、4面体型中間体の方が反応物より5.1kcal mol^<-1>安定と評価され、この点については実験結果と異なる。水2分子を考慮した機構では、相互作用する水分子の位置の違いによって、活性化エネルギーが6.0及び4.6kcal mol^<-1>である異なる2つのTSが得られた。水3分子を関与させるとは更に障壁は高くなる(6.4kcal mol^<-1>)ことが示された。また2つ以上水分子を考慮すると、反応物が中間体より安定になるという実験と一致する結果が得られたが、その差は実験値に比べて小さい。モンテカルロシミュレーションバルクの溶媒効果を導入すると、さらに実験結果と良い一致が得られた。
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