プライミング処理による種子の発芽促進効果のメカニズムを、トマト種子を用いて検討した。 発芽(幼根の突出)の際に起こる生化学的変化が、ある程度はプライミング処理中に既に進行しているのではないか、との作業仮説の上に立って、先ず、種子の発芽前に起こるどのような生化学的変化を指標とするか検討した。その結果、トマト種子の細胞壁(マンナンが主成分)の分解に関与するエンドマンナナーゼが、発芽の前に、しかも胚乳の幼根突出部(珠孔部分)に特異的に発現する事、そして、これによって、幼根の先端部を取り囲んでいる胚乳の細胞壁の分解が起こり、幼根の伸長を阻害している胚乳の機械的抵抗の軽減がもたらされ、その結果幼根の突出(発芽)が誘導される事を示した。そこで、プライミング処理中にも、エンドマンナナーゼが、胚乳の珠孔部分に発現し、この部分の細胞の細胞壁を分解し、そのことがプライミング処理による発芽促進効果となっているのではないかと考え、この点についてさらに検討を加えた。その結果、プライミング処理中に、胚乳の珠孔部分に特異的に、この酵素が実際に発現している事が明らかになった。また、プライミング中に発現する酵素は、プライミング処理をしていない種子で、発芽前に発現するものと同じisoformである事も示された。プライミング処理された種子は、その後、処理前の重量にまで乾燥(drying-back)されるのであるが、drying-back処理によってこの酵素が失活することは全くなかった。つまり、プライミング処理中の生化学的変化が、いわば種子によって記憶されて残っているといえよう。さらに、プライミング処理を受けた種子の珠孔部分の胚乳の細胞壁が、ある程度分解されている事が、電子顕微鏡による観察で示された。 以上の結果から、プライミング処理によって、発芽促進がもたらされるメカニズムとして、プライミング中に、幼根突出部の胚乳細胞に、エンドマンナナーゼが発現し、これによって、その部分の胚乳の軟弱化がもたらされ、再吸水後の幼根突出(発芽)を容易にしている可能性が、明示された。
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